2019年4月8日月曜日

学指揮より

本日も2本投稿ですこんばんは~

さて、20引退まで秒読みとなってきました。
そこでこの代を前に立って引っ張ってくれた方々から引退に際して最後の言葉を。

今日記事を書いてくれたのは、私たちの前に立ってしむすの音楽を1年間引っ張ってくれた学指揮、べるだけ金のひと!
必読です。それではどうぞ↓↓
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こんにちは、20代の学指揮をさせてもらっていました、べるだけ金のひとです!
引退に際してこのような場をいただいたわけですが…団員の皆さんへの思いは先日のラスト学指揮tuttiで既に言わせていただいたので、ここでは少し違うことを書こうかなと。

これはわたしが学指揮になるまでと学指揮を務めた後のおはなしです。
20代の役職が決まったのは2年生の時の夏合宿だったのですが、当時私は学指揮になるつもりはなく、それどころかしむすをやめようと思っていました。理由は色々あるのですが、しむすでは私は心から音楽を楽しめないかもしれない、と思っていたからです。

私はいわゆる体育会系吹奏楽部出身で、中学生の時は練習は週7が当たり前で、コンクールで結果を残すために部活に身を捧げるような生活をしていました。高校からはオーケストラに転向しそこでもまぁまぁな練習量で活動していました。

その後、大学1年の春に17の引退こんに行き、その演奏に心から感動してしむすに入ることを決めました。
当初は、週3という私の中では驚きの練習頻度ですばらしいクオリティの演奏会を作るしむすにいることが、そこで楽器を吹けることがとても幸せで。
しかしそれと同時に、それまでの私の「ふつう」であった「ストイックな」音楽への向き合い方とのギャップをだんだん感じるようになってしまい…。一回それに気づいてしまうと「こんなんじゃダメなはずだ!!?!」という謎の焦りに駆られたりして、少しづつしむすに居辛さのようなものを感じるようになってしまいました。

この気持ちをコンクラーベで20のみんなにも話したのですが、私の予想に反して20のみんなは共感してくれたり、だったらこうしていこう!と前向きな姿勢を示してくれたりして。本当に今でもよく覚えています。(20のみんな、あのとき真剣に向き合ってくれて本当にありがとう!!!!!)
そんなこんなでしむすに残ることを決め、さらにみんなに背中を押してもらい学指揮をやらせてもらうことになりました。

ここまでが私が学指揮になるまでの話です。長いな!!!ごめんなさい!!!
で、ここから学指揮になった後おはなしになります。


結論から言ってしまうと、学指揮の経験は私に音楽の楽しさをもう一度教えてくれました。すごいベタな感じだけど。笑
オーケストラの前に立って指揮を振って、練習をみているとすごくよくわかるんです。みんな音楽の経歴はいろいろで、普段住んでるところもいろいろで、通ってる学校もいろいろで、音楽の他にやっていることや趣味もいろいろで、しむすにかけられる時間もいろいろで。でもtuttiしてるときは、みんな同じ場所で同じ曲に向き合って、ひとつの作品を作ってるんです。驚くようなことじゃないかもしれないけど、それって本当はすごいことなんじゃないかって思ったんです。色々な団員のたくさんの人生が一点で交わるというか、なんかあんまりうまく言えないけど、音楽が人をつなぐ感覚を強く実感したんですね。

そうしたら自然と学指揮をやる前に感じていたギャップがあることへの違和感や居心地の悪さも感じなくなりました。音楽をすることそれ自体の価値・喜びを(恥ずかしながら今更)ちゃんと理解できたからだと思います。今となってはしむすは私の大切な居場所の一つです。

学指揮というよりは、私個人の話になってしまいましたが、私が今こうして引退こんを迎えようとできているのは、本当に本当にしむすのみんなのおかげなんです。
私に学指揮をさせてくれてありがとうございました。あとは本番でみんなで悔いなく演奏するだけだぁ〜

ほんとうに、こんなに長ったらしく話すつもりなかったのに全然長くなりました。ごめんなさい。
現役としての私の寿命もあと1週間なので許してください。笑
以上20学指揮でした!ばいばい!
〈べるだけ金のひと〉

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